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4年前。何不自由無い女の大学生活を曇らせたのは就活。

シンガポールに来る4年前。東京で花の女子大生を謳歌していた彩乃は大学4年生となり、就職活動の真っ只中にいた。

リクルートスーツ姿の彩乃は、キャンパス近くのカフェで提出済みの履歴書・エントリーシートの見直しをしていた。

第一志望群の大手損保の最終面接を控え、内容のチェックに余念がない。

4月中旬ともなると東京には既に5月の風が吹くようになり、夏が近づいてくるようだった。

本格的な面接の解禁となった今、同期は次々と内定を手にしている。カラスのように黒いリクルートスーツとパンプスが日差しの熱を帯び、未だどこからも内定を手にすることが出来ていない彩乃の焦りを助長させるようだった。

彩乃が在学している都内の中堅私大は伝統的に金融機関への就職に強い。メガバンク、生保、損保、証券の総合職・一般職は学内でも毎年人気かつ定番の就職先だった。

それ故に金融機関でどこの内定を取れたかー。

「あの先輩は○○銀行入れなかったらしい」

こんな噂は彩乃が下級生の時から嫌というほど聞いてきた。今や自分が4年生となり、明確に差がつくタイミングになってしまった。

広尾で生まれ、何の不自由もなく両親に愛されて育ち、幼稚園でお受験をし小学校、中高まで女子校の一貫教育を受け、大学は付属のエスカレーターで進学した彩乃は物心ついた時から苦労という苦労した覚えがない。

勉強はそこそこに3年生まで大いに遊び、自分と同じ環境の内部進学の女友達と過ごし、それなりの恋愛もしてきた。だが3年の終わり頃からか、就職活動のシーズンになってから周りの雰囲気が変わった。それまで会社の仕組みもよくわかっていなかった彩乃も、動きに乗り遅れまいと就活を続けてきたのだった。

ー就活をするなら羨まれる会社に入らないとね。

さして興味もない民間企業だったが、同じ大学の中で人気ある企業への就職は周りからも尊敬をされる。そして都内の一等地に本社を構える企業の社員達は輝いて見えた。持ち前の美貌と徹底的な企業研究の甲斐あって、いくつかの企業の最終面接を控えている。

ー丸の内でキャリアウーマンとしてバリバリ働くのも悪くない。

自己PRを書き込んだノートをバッグへしまうと、カフェの席を立った。
つい数ヶ月前まで保険の仕組みもわかっていなかったのに、そんな事すら考えるようになっていた。

 

「飯田彩乃です。14時からの面接の約束で参りました」

 

超高層オフィスビルの荘厳なロビーで受付を済ませ、エレベーターで最終面接会場へ向かう。最終面接となると相当に緊張するが、来年にはここが自分の職場になるかもしれないと思うと期待の気持ちの方が大きかった。

「えっ、優子…?」

通された待合室に見覚えのある背中を見つけ、思わず声をかけた。

小学校からの同期である優子だった。

「彩乃?彩乃もここ受けてたんだ!」

最終面接前にはしゃいで目立たないよう、声を殺して話した。
優子は彩乃にとって小学校から高校までは一番仲の良かった間柄だったが、ここの所は会っていなかった。家庭環境は同じようなお嬢様で、女子校時代は彩乃と共に近隣の学校の男子たちからラブレターをもらうような美貌の持ち主だった。

しかし、彩乃が1年生の頃から他大生や社会人との「お食事会」や合コン、海外旅行を満喫していたのに対し、優子と大学生活は対照的だった。

法学部の特別選抜コースへ合格し、海外留学、企業インターンにも積極的に参加、ビジネスコンテスト、外務省主催の国際交流事業にも選抜されたと聞いている。彼氏や浮ついた話の入る隙もないような優子の真面目振りに彩乃はついて行けず、目先の楽しさを優先して大学生活を過ごしてきた。

自分と同じように男を惹き付ける容姿がありながら、「ガリ勉」的に過ごす優子は彩乃にとって面白くなく、自分を否定されているような気がして避けてきたのだった。

「優子も受けてたなんて知らなかった…どのコースで応募しているの?」

「私は総合職コースよ。損保の海外事業ってとても社会的意義があって凄く興味があって応募したの」

彩乃も総合職での面接だったが、優子のような明確なビジョンがあったわけではなかった。この丸の内のオフィスで颯爽と働く自分が輝いて見えて応募したというのが本音だった。

「そうなんだ!一緒に働けるといいね、頑張ろ!」

「ありがとう。彩乃もね!」

疎遠になってはいたがここぞとばかりに女の愛想の良さを発揮し、彩乃は最終面接へ向かった。

 

「ー…それでは本日の面接はこちらで終了となります。結果は後日こちらよりご連絡いたします」

 

最終面接を終えて数日。彩乃は大学のPCルームで他の企業の状況を見つつ、本命の大手損保の結果を待っていた。PCルームは自分と同じようなリクルートスーツの男女も何人かいるが、多くは私服姿の下級生達だった。

最終面接の緊張感は並大抵ではなかったが、事前に用意してきた内容はしっかりと喋り、ベストは尽くした。居並ぶ役員を前に、手応えはあったと感じていた。

結果が送られてこない事に不安がよぎる。自分の話した自己PRが何か悪かったのだろうかーそんな事を考えていると、ふと周りの学生達の話声が聞こえてくる。

 

「FTコース行った優子先輩、○○損保の総合職、内定したらしいよー」

 

次回:第一志望の内定を見下していた女に奪われた彩乃。容赦のない「内定先マウンティング」に晒される。

 

 

 

 

 

 

 

 

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